#不登校は不幸じゃない 行ってきました!


まず、最初に皆さんにお詫びしないといけません。

わたくしが主宰してでも丹後でやるべきでしたと。


今回、この取り組みを知ったのがつい最近で、

全国100カ所というだけあって全国あまねく開催される
ことが望ましいのですが、やはりそう行かない現状もあり
発起人の方も主宰される方を募る呼びかけをしていましたが
開催が都市部に集中してしまったことはなんとも残念でした。
(シークレットに田舎でひっそりと開催していたところも
あったかもしれません)


わたくしは、#不登校は不幸じゃないin京都市 @妙心寺寿聖院に
お邪魔しました。

降りたことのない花園駅で下車し、徒歩で会場に向かいました。

帰るときに気づいたのですが、妙心寺は臨済宗の大本山なんですね。

今は亡き祖母の家が臨済宗で写経も納めたことがあったのでそんな境内の中で
行われていたということで何とも不思議な縁を感じました。


臨済宗には生活信条というものがあります。

・一日一度は静かに坐って身と呼吸と心を整えましょう。
・人間の尊さに目覚め、自分の生活も他人の生活も大切にしましょう。
・生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう。

この生活信条、学校に行くことよりも大切なことが書いてあると思いませんか?


最近、不登校になる人は、真面目で自分のキャパシティを超えてしまう
ことがきっかけで不登校になる人が多いようです。

学校に行かないという選択をすることで、冷静に物事を考えられる、
まさに、自然と心が落ち着いてくる生活信条の一つ目をイメージ出来ます。

学校に行かないという選択も人間に与えられた権利。
そんな人間の尊さに目覚め、学校に行かないという選択をした自分の生活
また、学校に行っている他人の生活も大切にすること。
(親にとっては学校に行かないという選択をした我が子は他人になりますね)
生活信条の二つ目に当てはまる気がします。


夏休み明けは、学校に行く選択に耐えられず、自ら命を絶つ
子どもたちが多いと社会問題化しています。
学校に行かない選択をし、自分の命を守って、誰かの役に立つことをする。
まさに、生活信条の三つ目ですね。

学校に行かなくても、生活信条の生活が送れていればそれで充分では
ありませんか!

わたくしは、「#不登校は不幸じゃない」については否定的でもなければ
肯定的でもありません。

ただ、不登校に対して肯定的にとらえられていく社会の方がやさしいなと
そういう社会になれば生きやすくなると考えます。

学校に行かない選択をし、様々なことにチャレンジしている子どもたちを
わたくしは応援したいと思っています。

通信制の学校を選択し、おもしろいことをやっている人を知っています。
発起人小幡さんの著書にもそんな人たちがたくさん出てきます。

でも素直に応援できないこともあります。

学校に行かない選択をし、縛りから解放されて自由になれるようで
社会にはワナや誘惑があります。

学校に行かずに自分の信念でいろんな取り組みをされている人たち
に対してのわたくしからの忠告です。

自分がそれを正しいと思って取り組んでいるのであれば、わたくしは
それに対して否定はしたくありません。実際、今日の不登校経験者の
方も、頭ごなしに否定されるのはイヤです。なぜならそれで不信になってしまう

からと言っていました。正直わたくしもそうです。否定されることは
自分を否定されているようでとてもつらいです。

だから否定ではなく、忠告として聞いていただければと思います。
別に聞き流していただいても構いません。

わたくしも、高校進学の時に商業科を結局選びましたが、
普通科のほうがいいよとアドバイスを受けたことがあります。

結局、商業科で良かったかなと思っています。

だから自分の選択で間違っていないと、でも物事はいろんな視点から
総合的にとらえ判断していくほうがいいと思います。

いろんな気づきが生まれた、#不登校は不幸じゃない
不登校は黒歴史ではなく、財産なのかもしれません。

黒歴史にしている不登校OBが声をあげていけたら
何かが変わるかもしれません。

丹後の凸凹個性家 『Kay』

京都の丹後で大人の発達障害当事者として活動中。 「丹後の凸凹個性家 『Kay』」のオフィシャルブログサイト。

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